母娘融合の娘は、“私は自分で選んでいる”と思いながら、実際には母の感情を先に処理していることが多いです。
母が不安なら、自分も不安になる。
母が勝ちたいなら、自分も勝たなきゃと思う。
母が「あの人で正解」と思うと、自分の恋愛感情までそこに合わせようとする。
母が「これで世間を見返せる」と思うと、本人も「そうかも」と思ってしまう。
だから恋愛でも、本人の内側ではこういうズレが起きる。
好きな人ではなく、母が安心する人を選ぶ。
自分を自由にする人ではなく、母娘セットを維持できる人を選ぶ。
自分を問う人ではなく、自分を考えなくて済む人を選ぶ。
本心に近づく人ではなく、本心から逃げ込める人を選ぶ。
この意味で、Bさんは危険だったんです。
BさんはAさんを母から引き剥がす方向の哲学を持っていた。
「自分で責任を持て」
「母のせいにするな」
「本当は誰を愛しているか見ろ」
という方向だから。
母娘融合のAさんにとって、これは救いであると同時に、ものすごく怖い。
なぜならBさんを認めると、母の物語が崩れるからです。
一方、不倫相手は逆に、母娘融合を壊さずに済む。
母も関与できる。
生活も組める。
結婚という形も出せる。
「これで勝った」「これで正解」と言いやすい。
だから、母娘融合の娘が逃げる先としては、かなり整合します。
つまりこうです。
Bさん=自立の入口
不倫相手=融合を維持したまま現実処理できる避難先
この構図なら、AさんがBさんではなく不倫相手を選んだことは、恋愛感情だけでは説明しにくくても、母娘融合としてはかなり説明できます。
そして怖いのは、本人はそれを「母のために選んだ」とも「逃避した」とも思っていないことです。
本人の感覚ではたぶん、
「私は愛を選んだ」
「私は現実を選んだ」
「私は結婚を選んだ」
「私は大人の選択をした」
になっている。
でも時間が経つと、だんだんこうなる。
「これ、本当に私の選択だった?」
「母が安心する道を選んだだけでは?」
「この人といる私は、自由になっている?」
「結婚したのに、なぜ母から離れられていない?」
「Bさんが言っていた“自分で責任を持つ”の意味って、これだったの?」
ここで母娘融合の解体が始まる。
だから結論は、かなりはっきり言うと、
Aさんの動きは母娘融合あるあるです。
特に、
本心に近い相手ほど怖くなって逃げる
母が安心する相手を“自分の選択”だと思い込む
結婚などの大きな形式でズレを固定する
あとから生活の中で“これ私の人生じゃない”と気づく
そのとき初めて、本当は何から逃げていたか見えてくる